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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

真っ白な巨大ギリシャ船籍

                       ≪十月十五日≫     ―詩―

   食事を済ませて、夜の港に戻るとものすごい賑わいを見せていた。
  
 船が入港する日はいつもこんな賑わいだとか。
 
 チケット売り場の前は、特にすごい人出で、島民がすべてココに集まって

 きたのかと思えるほど賑わっている。
 
 船が到着するのを、今か今かと待っているようだ。

   聖美にとって、ギリシャは特に興味のある国のようで、独自でかなり

 いろんなことを調べているらしく、持っているノートにはぎっしりとギリ

 シャ文字が並んでいる。
 
   俺が持っていたガイドブックが気に入ったのか、見せてとねだる。

       聖美「ワッ!ちょっと見せてもらって良いかしら。」
  
       俺 「別に・・・良いけど。」

   興味ある箇所を見つけたのか、盛んにノートへ書き写し始めた。

       俺 「いろんな事を書いてるんだね。情報日本に帰ったら送

         ってくれないかな。」
      
       聖美「ええ、良いわよ。住所と名前教えといてよ。」
      
       俺 「そうだな。東京のアパートはもう引っ越して来たから      
         な・・・。」
       
       聖美「田舎でも良いわよ。」
       
       俺 「そんじゃ、田舎の住所でも書いとくわ。」

   あまり期待せず、住所と名前を書いた紙を彼女の手渡した。
 
  三人でいろいろ話していると、ギリシャの人達がまわりに集まってき

  た。
  
  陽気なおじさんがまず、我々の会話の中に入ってきた。
  
  そして、軍服を着込んだ若者もやってくる。

   軍服姿の若者がやたらと目に付く。
  
  この島が、トルコとの国境の島だからなのか。
  
  ギリシャの国の色は、エーゲ海の海の色なのか、真っ青なベレー帽を軍

  人は被り、女学生は真っ青なワンピースを着込んでいる。
  
  聖美は、少しギリシャ語が分るらしく、楽しそうに話をしている。
  
  それを羨ましそうにみている俺達男共。

   知っている単語を適当に並べるだけでも会話は出来る。
  
  書くことや読む事よりも、まず話すことから始めよ。
  
  これが外国語をマスターする基本である事に間違いはない。
  
  俺も彼女もそれを実践しているけど、まさかギリシャ語まで・・とは、

  思いもつかなかった。
  
  聖美は頼もしい女だ。

                     *

   皆、暗くなったエーゲ海を睨みつけている。
  
  真っ暗な海に灯りが二つ。
  
  船を導く灯台の灯だろうか。
  
  その近くに、ゆっくりと小さな灯りが近づいてくる。
  
  船だろうか。
  
  姿がだんだんとはっきりしてきた。

   大きな船だ。
  
  港に入ってくるようだ。
  
  大きい。
  
  白い船体が、真っ暗なエーゲ海にはっきりと浮かび上がってきた。
  
  予想していたより、はるかに大きな船だ。

       T君「ギリシャの船は、皆このくらい大きくて白いよ。」
  
       俺 「・・・・・・。」
  
       T君「イタリアからギリシャへ渡る船はもっと良かったよ。」
  
       俺 「・・・・・・。」

   それにしても・・・違いすぎる。
  
  チェスメからチオス島まで、わずか50分ばかりの船旅が、それも小さな

  フェリーなのに、船賃がUS10$。
  
  なのに、この大きな巨大船でチオス~ピレウス間の船賃がUS7$と

  は・・・・。
  
  それだけ国境を渡る船賃が高いと言う事か。

   ゆっくりと、ゆっくりと、滑るように入港してきて、港の中で半回転

  させる。
  
  巨大船のお尻を見せ始める。
  
  エンジンを止めると、御尻が口をポッカリと開け始めた。
  
  すると中からは、車やら人がどんどんと上陸をし始める。
  
  ピレウスからの人達だ。
  
  それが終ると、今度は同じように島からピレウスへと向かう車や人達を

  呑み込み始めた。

       聖美「それじゃあ、元気で!」
  
       俺 「2、3日して俺もピレウスへ行くから、また会えるかも

         しれへんな!」
     
       聖美「そうね。」
     
       T君 「Have a nice trip!!」

   何処までもキザな野郎だ。
 
  二人が大きな船内へと飲み込まれていく。
 
  午後8時半の出航予定が、一時間ほど遅れているらしい。
 
  俺もいつか、同じようにしてこのチオス島から、旅立つ日が来るのだと

  言う思いを張り巡らしながら、すぐ前のカフェテラスに腰を下ろす。

   現地の人もたくさん集まってきて、夜の散歩やら家族や知人の見送り
 
  やらで・・・ジッと大きな船体が動き出すのを、今か今かと待っている

  のだ。
  
  お茶を飲みながら、白い船体を見つめる。
  
  周りのお客達も同じ方向を見ている。

   やがて、船の上の方から手を振るT君の姿が小さく見えた。
  
  顔はわからない。
  
  どうやら彼の方からは、ライトに浮かぶ俺の姿が見えているようだ。
  
  なにやら盛んに、身振り手振りでなにやら伝えようとしているようだ。

       T君「彼女は部屋に入ってもう眠った。」

   どうやら乗船すると、彼女はすぐ個室に入ってしまい、T君は放って置

  かれているらしい。
  
  その気晴らしに手を振っているようだ。
  
  個室とは、彼女金持ちのようだ。
  
  羨ましい限りだ。

   夜の海は冷える。
  
  夏服の俺には応える寒さだ。
  
  船が出るのをジッと待つ。
  
  そうした時を、旅先で持つ余裕を私は、初めて手に入れた。
  
  旅に出て、誰かを見送るのも良いものだと思う。
  
  見送られたことは何度か有るが、旅先で見送るなんてのは初めてだろ

  う。

   出航の合図がある。
  
  ロープが解かれる。
  
  大きな真っ白い船体が、ゆっくりと滑っていく。
  
  錨を巻き上げる音が静かな闇に響いている。
  
  さっきまで甲板で手を振っていたT君の姿はもう見えなくなっていた。

   夜の闇の中に、白い大きな船体がゆっくりと、港を離れていく。
  
  船の白い色が、闇の中に溶け込んでいく。
  
  船窓の灯りだけが、闇の中に浮かんでいるのが見えるだけとなった。
  
  船を出迎え、また見送っていたあれだけの人達の姿は、いつの間にか闇

  に溶け込んでいった。
  
  外に出されていたイスやテーブルが、家の中に仕舞い込まれ様としてい

  る。
  
  船が消えてしまうと、CHIOS島の町の夜もまた静かさを取り戻したよう

  だ。

                     *

   宿に戻る。
  
  午後十時を少しまわっていた。
  
  大きなドアを開けると、かなり広い小奇麗なベッドと、洗面所が見え

  る。
  
  灯りは三箇所も灯るようになっていて、ベッドの中で全て操作できる仕

  組みになっているようだ。
  
  それに洋服要れと小さなテーブル。
  
  なかなか良い部屋ではないか。

   白いシーツの中に潜り込むと、天井が高く部屋は思ったよりかなり広

  く見える。
  
  ラジオが良く入るようになった。
  
  チェスメまでは雑音が多かったのに。
  
  さすがヨーロッパだ。
  
  FMから懐かしいジャズが、英語で聞こえてくる。
  
  日本でなら、見向きもしなかったジャズなのに、今では涙が出るほど懐

  かしく嬉しい一瞬なのだ。
  
  ジッと耳を傾ける。

   灯りを消し、目を閉じる。
  
     「・・・・・・・・。」
 
     「ブ~~~~~~ン!!」

     「うん・・・・何?」
 
   蚊だ。
 
  一匹の蚊が、暗闇のなか、血の匂いを嗅ぎつけたらしい。
 
 
  灯りをつける。
 
  勝負は意外と早くついた。

 
    念には念を入れ、タイ・・・いや、ネパール以来、使うのを忘れて

  いた日本から持って来ていた、蚊取り線香を取り出し火をつける。
  
  そして、今度こそ目を閉じる。
  
  夢の中へ。


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